孫の代わりにイラクへ
  戦争に行きたいおばあちゃん

文と写真:細田雅大  雑誌掲載時:2006年 5月

Vinie Burrows at the trial

59歳から91歳までのおばあちゃん18人を被告とする裁判が、4月下旬、マンハッタンの刑事裁判所で開かれた。「おばば平和旅団(Granny Peace Brigade)」というグループに属すこの18名の容疑は、治安紊乱(びんらん)行為。昨年10月17日、観光客でごった返すタイムズ・スクエアの一角で騒動を起こしたおばあちゃんたちは、ニューヨーク市警に逮捕されてしまったのだ。おばあちゃんと言えば普通、穏やかで、優しくて、お小遣いをくれて、騒動など起こしたりしない人のはず。18人の中には、杖や歩行補助器が必要な人だっている。それなのに、大都市のど真ん中で治安を乱すとは、いったい何者?

おばば18名、兵士ビビらす

 18人のうちの1人、ジョーン・ワイルさん(74歳)が裁判前に手記を発表している。元シンガー・ソングライターだという彼女は文章が達者だ。面白い手記なので一部を訳してみた。

 おばあちゃんが刑事裁判所で裁かれるなんて、信じられるかしら? でも本当の話なの。59歳から91歳までの18人のおばあちゃんが、刑事裁判所で裁かれるの。容疑は、治安紊乱行為。
 私たちは、タイムズ・スクエアにある新兵募集センターへ行って、軍隊に入ろうとしたの。目的は、米国によるイラク占領の非道徳性、違法性、非良心的な破壊性にもっと関心を集めること。具体的には、イラクに派遣されている若い人たちの代わりに従軍して、若い人たちには国に帰ってもらい、私たちが満喫したような長い人生を、彼らにも味わってほしいと思っているわけ。
 でも、新兵募集センターのドアは閉まっていた。ベルを鳴らしたけどドアは開かない。いちばん年寄りのメアリー・リュニオンばあさん(逮捕時90歳)なんか、杖でドアをがんがん叩いてた。でも、やっぱり返事はなし。
 アンクル・サム(注:米国政府のこと)は私たちを欲しがっていないんだと思い始めた時、軍服姿の若い男が、資料棚の裏からひょこっと現れたの。
 でも、すぐに隠れちゃった。どうやら怖がらせちゃったみたい。こんなに怖い私たちを従軍させないなんて、馬鹿にもほどがあるわ。私たちなら、どんな敵でも震え上がらせてやれるのに!


 そして彼女たちは、新兵募集センターの前に座り込んだ。
 関節炎を患っていたり、人工股関節に取り替えたりしているので、地面に腰を下ろすのもひと苦労。「God Bless America」の歌詞を変えて歌い、声明を読み上げ、「軍隊に入れろ!」と連呼していると、警官がやって来て「通行の邪魔だから解散しなさい」と命令。しかし、彼女たちは解散せず、だから逮捕されてしまったのだ。
 さすがに老婆が相手だということもあり、また、ちょうどブルームバーグ市長の選挙期間中であって老人虐待などと騒がれては困るのか、警官は優しくおばあちゃんたちを扱った。それでも彼女たちは、プラスティック製の手錠をはめられて連行され、5時間近く留置されたのだ。


おばば18名、堂々と法廷へ

Joan Wile at the trial

裁判前の記者会見で抱負を語る、元シンガー・ソングライターにして反戦おばばの一人、ジョーン・ワイルさん

Marie Runyon at the trial

裁判初日に開かれた記者会見で「偽りの戦争は早く止めましょう」と怒鳴り、士気を鼓舞したメアリー・リュニオンさん

 裁判が始まる前に、検察側は司法取引をおばあちゃんたちに持ちかけている。「非を認め、6カ月間おとなしく過ごすのであれば、訴えを取り下げてもいい」と申し出たのだ。しかし、彼女たちは申し出を却下した。
 有罪になれば、罰金250ドル、そして最大15日間の収監が待っている。それでも彼女たちは、法廷で争うことを選んだ。そもそも罪など犯していないと思っている上、公の場で反戦思想を語れるものなら語りたいと考えていたからだ。
 しかし、裁判の冒頭、検察側の弁護士は、「これはとても単純な裁判です。戦争に関する裁判ではなく、治安紊乱行為に関する裁判なのです」と宣言した。おばあちゃんたちに釘を差した形だ。
 「警官の指示は適切だったか」「おばあちゃんたちは警官の指示を守ったか」だけを問題にしようとする検察と、「イラク占領は間違い」「偽りの理由で始まった戦争を止めよう」といった反戦メッセージを語りたいおばあちゃんたち。
 果たして、彼女たちは自由に語ることができるのだろうか。


おばば1名、突然の大声で暴走

 裁判3日目までは、おばあちゃんたちを逮捕した警官への尋問が行われた。検察側と被告側の弁護士が交互に、少なくとも8名の警官に対し、質問を繰り返した。裁判の全過程を傍聴できなかったので、実際は8名以上だったかもしれない。
 同じような質問を全員に尋ね、逮捕時の状況を丹念に確認していく。しかし3日目にもなると、あまりの単調さに、傍聴席にいる私は眠気をこらえるので精一杯となった。
 3日目の午後、ついにおばあちゃんたちへの尋問が開始された。
 彼女たちは、新兵募集センターの前に座り込んで募集センターへの通路を塞いだとされ、警官の解散命令を拒否したため、逮捕された。検察側はこの点を巧妙に突いてきた。
 「あなたたちは、若者の代わりに戦場へ行こうとして新兵募集センターに出かけたわけです。若者に兵士になってもらいたくないわけですね。つまり、募集センターに出かけたのは、若者が兵士になるのを防ぐためですね?」と検察側弁護士は質問したのだ。
 これは巧妙な問いだ。もし「はい」と答えたら、おばあちゃんたちは、若者が兵士になるのを防ぐために、つまり一般人の希望を邪魔するために募集センターへ行ったことになる。邪魔するのが目的だとしたら、募集センターへの道を塞いだのは偶然ではなく、意図的な行為であったと考えてよくなる。だとすれば、警官の解散命令は妥当であり、「表現・集会の自由」といった憲法で保障された権利が踏みにじられたことにはならない。
 この質問を受けたヴァイニー・バロウズ・ハリソンさん(77歳)は、しばらく黙り込んで考えをまとめると、「いいえ。私たちが募集センターに行ったのは、この戦争が違法かつ非道徳的であることに人々の注意を向けるためだったんです」と答えた。さすがは年の功。検察側の戦略を察知し、冷静に切り抜けた。
 とはいえ、おばあちゃんたちは自由に反戦メッセージを語れたわけではない。「はい」「いいえ」と答えれば十分な時に、反戦の持論を勢い込んで述べようとすると、「ノー! ノー!」と裁判長が大きな声で遮り、「尋ねられた質問にだけ答えるように」と言って制止するのだ。
 ただし、一番の年寄りにして、おそらく一番の暴れん坊であるメアリー・リュニオンさんは格が違った。募集センターのドアを杖でがんがん叩いたという91歳のおばあちゃんである。
 「あなたは、なぜ募集センターへ行ったのですか?」と尋ねられたメアリーばあさん。「メッセージを伝えるためですよ。この戦争は、非道徳的で、違法で、早く終わらせるべきであって」と穏やかに答えているかと思いきや、次の瞬間、いきなり大声となり「Cut it out !!(早く止めちまえ)」と叫んだ。裁判長に介入する隙を与えない突然の怒声。しかも、次の瞬間にはもう、穏やかな声に逆戻り。
 メアリーばあさんはまた、検察側弁護士から「募集センターの前に座り込んだのは、なぜですか?」とも尋ねられた。弁護士はおそらく「若い人に兵士になってもらいたくないから」といった答えを期待していたはずだが、メアリーばあさんはただ「疲れたから」と答え、全員の虚を突いた。
 弁護士が「それだけが理由じゃないでしょう?」とさらに追求すると、「そうそう。座りましょう、と言われたから座ったのよ」と言って、はぐらかす。
 「警察の調書によると、その時、警官の一人が『このまま座り続けていたら逮捕しますよ』とあなたに警告したそうですが、覚えていますか?」と尋ねられた時には、「いいえ。今朝の出来事だって覚えていませんもの」と答えて、法廷に笑いをもたらした。


おばば18名、運命の判決は……

Jubilant acquited grannies after the trial

無罪を勝ち取り、喜ぶおばばたち

 そして迎えた4月27日、ついに判決が下された。
 陪審員のいる裁判ではなかったので、裁判長も辛かっただろう。一人で判決を下さねばならないからだ。もし「おばあちゃん有罪」とすれば、「お年寄りいじめの極悪人」として全米規模で叩かれるのは必至。かといって、いいかげんな判決を下すこともできない。プレッシャーは相当なものだったはず。
 「警察を批判するわけではない。警察には今後も十分なパトロールをして欲しい。そして、この判決は、おばあちゃんたちの主張の是非をうんぬんするものでもない。ただ、彼女たちは決して通路を塞いではいなかった」と明言したニール・ロス裁判長。彼が「ノット・ギルティー」と言い渡した瞬間、法廷は歓喜の渦に包まれた。
 喜びを爆発させるおばあちゃんたちに「日本の読者にメッセージは?」と尋ねると、「物事は変えることができます。一緒に変えていきましょう」と語ってくれた。
 無罪放免となったおばあちゃんたちは、再び新兵募集センターに足を運ぶのだろうか。
 今度こそ本当に、そのままイラクに行ってしまうのかもしれない。



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